こんにちは、SOLS運営メンバーの池田です。
今回のコラムでは、私が現在大学院で研究している造血幹細胞をサポートする「骨髄微小環境」という分野について紹介していきたいと思います。少し難しいかもしれませんが、この話を通して、教科書や国試の外側に広がっている世界を感じ取ってもらえたらと思うので、ぜひ最後までお付き合いください!
造血幹細胞 (hematopoietic stem cell; 以下HSCと略します)は、みなさん一度は聞いたことがあると思います。国試的に言えば「自己複製能と多分化能をもつCD34陽性細胞」、もう少しイメージしやすく言えば「自分と同じ細胞を作ることもできるし、そこからより成熟した赤血球・白血球・血小板を作ることもできるとってもピュアで素直な(=未分化な)細胞」です。
ですが、そもそもなぜHSCは「自己複製能と多分化能」という特殊な能力を持ち、一生「ピュア」なままでいることができるのでしょうか。
その答えは、HSCが存在する場所にありますが、ここでひとつ問題です。通常、出生後ヒトの造血は主にどこで行われていますか?
正解は「骨髄」です。骨盤や大腿骨など大きな骨の中に存在する骨髄にHSCは存在し、骨髄から日々生きていくうえで必要な血液細胞を産生しています。「骨」と聞くと、硬くて白い組織を思い浮かべると思いますが、骨の中の骨髄には、大小たくさんの血管が走行しています(赤色髄という言葉があるくらい血管が豊富です)。そしてもちろん、骨と骨髄は接しています。
「骨髄微小環境」とは、骨髄中にHSCが存在して、「自己複製能と多分化能」を失ってしまわないようにサポートしている環境を指し、よく「ニッチ」と言われます。
HSCのサポート機能が証明されている「ニッチ」には、大きく分けて「血管ニッチ」と「骨側ニッチ」が存在すると言われています。
①血管ニッチ
骨髄内を走る血管(細動脈や類洞と呼ばれます)に張り付くようにしてHSCが存在します。血管を構成する血管内皮細胞やHSCをサポートするようなサイトカイン(CXCL12など)を出す細胞がHSCを必要以上に消費しないように制御したり、HSCが骨髄から出ないようにしていると言われています。
②骨側ニッチ
骨芽細胞とHSCがお互いに接しあうことでHSCがピュアなままでいられるといわれています。また、骨細胞が多くなればHSCの量も増えるという報告があることから、骨内膜ニッチもまたHSCに不可欠であると言われています。
ニッチは正常の状態だけでなく、老化や病気にも深く関っているのではないかという研究が多く出ています。年を取ると、HSCも老化してくるのでT細胞やB細胞のリンパ球の産生が少なくなり、骨髄球系細胞とリンパ球系細胞をバランスよく作ることができなくなってしまいます。しかし、マウスにおいてニッチを若返らせればHSCも若返ったという報告が出ています。
また、白血病になると、何かしらの原因で骨髄の中が白血病細胞の過ごしやすいニッチに変化していることも示唆されています。白血病細胞がどんどん増殖したり、抗がん剤治療に抵抗できるような環境を作ってしまうことが白血病の発症・進行の原因のひとつなのではと言われています。
ニッチ制御に関する研究はマウスレベルの基礎研究が盛んにおこなわれているため、学生は知る機会がなかなかないと思いますが、このコラムで「こんな世界もあるんだ」と知ってもらえたら嬉しいです。
医学に限らず、皆さん(私も含め)がまだまだ知らない研究分野はたくさんあります。学会や講演会、論文、ネットなど知らないことを知るためのアンテナをいろいろなところに張っておくと、ふとした瞬間に自分の進路や人生を変えるようなターニングポイントに出会えます。
どんな進路に関わらず、日進月歩の医学・医療業界に身を置くうえで、知らないことや新しいことを知ろうとする姿勢はとても重要なので、みなさんもこの姿勢を大切にしてくださいね。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
〈参考文献〉
S. Pinho and P. S. Frenette, ‘Haematopoietic stem cell activity and interactions with the niche’, Nature Reviews Molecular Cell Biology, vol. 20, no. 5. pp. 303–320, May 01, 2019. doi: 10.1038/s41580-019-0103-9.
Comments